少し前に話題になった新書「ケーキを切れない非行少年たち」を読みました。
作者は宮口 幸治さんです。
宮口氏のプロフィールは、
立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「コグトレ研究会」を主宰。医学博士、臨床心理士。
新潮社のHPより
です。
最初はタイトルに引き寄せられ、軽い気持ちで読んだのですが、衝撃の内容に驚いてしまいました。
はじめに
昨今、インクルーシブ教育システムが叫ばれ始め、発達障害者に対する支援について世界的に研究・開発・実践されるようになりました。
特に、ADHDや広汎性発達障害の児童・生徒には手厚い支援が施されるようになっています。
公立の小・中学校には、自閉症・情緒学級と知的障学級の二つがあります。
その自閉症・情緒学級にはいろいろな支援方法が研究され、施されています。
特に「合理的配慮」という障害児童・生徒一人一人のニーズに応じた支援をすることが法律で義務付けられ実践されています。
この自閉症・情緒学級に在籍する児童・生徒に手厚い支援をしているのが、特別支援教育の現状です。
しかし、この本「ケーキを切れない非行少年たち」は、自閉症・情緒学級ではなく、知的障害(軽度)がある子どもに焦点を当てていました。
この本の問題提起
筆者の宮口は、「ケーキが切れない非行少年たち」との出会いがこの本を著すきっかけになったと言っています。
ケーキを等分できなかったのは、低学年の小学生や知的障害者ではなく、少年院の中・高生たちだったそうです。
このことに衝撃に受けた宮内氏は一つの疑問を持ちます。
「犯罪をしてしまうのは、認知力が極端に弱いからかも?」
と、そして、彼らの認知力を調べます。
そうすると、どの少年も、
・簡単な足し算・引き算
・漢字が読めない
・簡単な図形を写せない
・短文すら復唱できない
ことがわかりました。そして、彼らの成育歴を調べます。
・小学2年生から勉強についていかれなくなった。
・友達から馬鹿にされたり、イジメられたりした。
・教師から不真面目とレッテルを貼られたり、家庭で虐待を受けたりしていた。
などのことがわかりました。
少年院に入るようになった原因は、彼らに軽度の知的障害があったからでした。軽度であるがゆえに、見過ごされて、そのままにされていた彼らの苦しみに宮口氏が初めて気づいてやれたのです。
そして、宮口氏は、こう考えます。
「勉強への支援が大切だ。」
当たり前のことなのですが、彼らに対して適切な支援が全くなかったことを問題視しているのです。
このような少年たちを非行に走らせないようにするには、早期発見と支援が必要だと訴えています。さらに、学校での支援の仕方についても、警鐘を鳴らしています。
「褒めて伸ばす」ことが最高の方法なのか?
「褒めて伸ばす」ことは”苦手なことをそれ以上させない”
という恐ろしいことだと言い切っています。
「伸びる可能性がない。」
「苦痛だから。」
などの理由でさせないのなら、子どもの可能性を潰していると、その上、支援者が障害を作り出していることにもなり兼ねないと訴えています。
宮氏が推奨する手立て
宮口氏の長年の研究から、非行少年が真剣に変わろうと決心する瞬間が紹介されていました。
①家族のありがた味、苦しみを知ったとき
②被害者の視点に立てたとき
③将来の目標が決まったとき
④信用できる人に出会えたとき
⑤人と話す自信がついたとき
⑥勉強が分かったとき
⑦大切な役割を任されたとき
⑧物事に集中できるようになったとき
⑨集団生活の中で自分の姿に気が付いたとき
などだそうです。これらのことは、子どもたちを指導する立場の者は心に留めておかねばなりません。
また、自分を正しく修正するには、”適切な自己評価”が必要なのだと結論付けています。すなわち、自分に注意を向け、見つめ直させ、自己評価を向上させることが最良の支援だということなのです。
教育現場で、「自己肯定感を高めさせる」ことと同じです。
私は、ただの自己満足ではなく、”適切な自己評価”をさせるには、自分の中に評価の基準(ものさしのようなもの)が必要だと考えています。その基準を明確なものにするには、他者からの評価が必要です。
宮口氏もグループでの学びや話し合いにおいて同級生に言われて得られる気づきが、自己評価を向上させる最良の方法だと言って捉います。
このことから、学校現場では、「対話的な学び」の場を数多く設定し、児童・生徒の肯定感を高める指導を継続していく必要があります。
しかし、今後、新型コロナウィルスのせいで、集団での学び会いの学習形式は当分の間封印されるかもしれません。とても残念なことです。
このようなことを踏まえ、学校現場では、次のことを意識して指導していくべきでしょう。
・軽度の知的障害の児童は通常学級には、4・5人は在籍しているということ
・適切に支援されなかった、軽度の知的障の児童は、将来犯罪をする可能性が高いということ
・小・中学校でいじめを受けた子は、そのストレスによって犯罪に手を染める可能性が高いということ
等です。
終わりに
この本の文章は研究者らしく、動機→仮説→検証→考察のように論理的に書かれています。ですから重いテーマではありますが、頭の中に宮口氏の主張が自然に浸透して来ます。
宮口氏の貴重な経験と研究から、教える立場にある者は、絶対に教え子から犯罪者を出さないという強い気持ちを持って、指導・支援しなくてはならないと感じました。
そして、恵まれない家庭環境の子どもへのきめ細かい支援とその方法についても社会全体で取り組んでいかねばならないと感じました。